ユタ州と日本の関わりをさかのぼると、1869年に岩倉具視使節団が訪れた歴史があります。19世紀後半から日本人移民が徐々に増えていきました。日系人コミュニティが形成されたいったものの、第二次世界大戦の開始により日本人/日系人は危険にさらされます。その後、ユタのトパーズにある強制収容所で多くの日系人が過ごしました。戦後、厳しい環境の中で生活を立て直し、日系人コミュニティを立て直してきたその歴史を書いていきます。
あまり日本語での情報がなかったため、いくつかの資料を読んで書いていきます。(参考資料は文末に記載)
ユタ州への日本人移民
1890年の国勢調査によると、ユタ州にはたった5人の日本人がいたそうです。
1900年は417人、1910年の2,110人、1920年には2,936人の日本人が住んでいました。
日本文化
1907年には最初の日本語新聞が発行されました。
1912年、ソルトレイクシティとオグデンに仏教のお寺を建立。1918年、ソルトレイクシティに日本キリスト教会も設立されました⛪
1919年、ソルトレイクシティに最初の日本人学校が開設されました🏫
人種差別
日本人は「有色人種」のため、白人と同じ雇用基準は適用されなかったものの、日本人は鉄道関係、炭鉱での家政婦や農民として働いたそうです。
1924年に制定されたジョンソン・リード法(The Johnson-Reed Act)は、アジア人移民に対してとても厳しいものでした。
その後、追い打ちをかけるように、1941年に日本がパールハーバー攻撃をすると、日本人移民はますます厳しい生活をせまられることとなりました。直後に日本人墓地や日系企業は破壊され、偏見や憎悪で日系人はどこにいても危険な状況でした。
1942年2月19日にルーズベルト大統領が、大統領令9066に署名したことにより、12万人以上の日系人の連行と投獄が許可されました。
強制収容に反対した唯一の州
ユタ州は日系人の強制収容に唯一反対した州でした。(しかし、外国人が土地を購入することは禁止されました)
アリゾナ、アーカンソー、コロラド、カリフォルニア、アイダホ、ユタ、ワイオミング、これら7つの州に10の強制収容所がありました。
ユタ州ではデルタ付近にキャンプ・トパーズが建てられ、11,000人を超える日系アメリカ人が3年間を過ごしました。
アメリカ政府が兵士志願者を募集した際は、多くの日系人が志願し、基本的人権を奪ったアメリカのために戦争で戦い亡くなりました。
戦後の日系人@ユタ
戦後、電車の切符と$25だけアメリカ政府から支給され、自分で持てるだけの荷物を持ち、強制収容所を出て生活を立て直さなければなりませんでした。
トパーズ収容所にいた日系人は、そのままユタにとどまる人が多かったそうです。1947年以降、外国人も土地を購入することができるようになりました。
1950年の国勢調査では、日本人は1,183人。
ソルトレイクシティと松本市が姉妹都市に
1958年、日本のソルトレイクシティと松本市は姉妹都市になり、州内の日系アメリカ人に対する世間の認識が変わりました。
ジャパンタウンの名残
1967年に、当局はソルトレイクシティの「ジャパンタウン」をほぼすべて破壊してしまいました。
現在ソルトレイクシティに残っているジャパンタウンの唯一の建造物は、日本キリスト教会とソルトレイク仏教寺院です。オグデンにも仏教チャーチが残っています。
活躍するユタ出身の日系人
ワタル・”ワット”・ミサカ
オグデンで生まれた、ワタル・ミサカは、ユタ大学へ通っていました。
1947年、全米バスケットボール協会(NBA※当初はBAA)のドラフトで、日系人として初めてニューヨークニックスにより選出されました。
”日系人として初めて”だけでなく、”有色人種として初めて”のNBAプレイヤーでした🏀
2019年にソルトレイクシティにて亡くなったそうです。
レイモンド・ウノ裁判官
ユタ州の政治で「肌色(人種)」の壁を破り、1974年にユタ州の裁判所で最初の”有色人種”の裁判官になりました。
ジャニ・イワモト上院議員
ソルトレイクシティの州上院議員であるJani Iwamotoは、銃による暴力の量を抑制するための法律を提案しました。
日本祭り@ソルトレイクシティ
ソルトレイクシティで毎年4月に行われるお祭り。日系企業や日系人、日本好きの方がたくさん参加して盛り上がるそうなので、行きたかったのですが今年はコロナで中止でした😢
正直、ユタのこと自体あまり知識がなかったため、日本とのかかわりがあるとも思っておらず、こんなにも長くなると思っていませんでした。
マイノリティとして、戦前・戦中・戦後の厳しい生活を乗り越え、日本文化を大切に守ってきた日系の人々の強さを感じました。
キャンプ・トパーズや、ジャパンタウンの名残であるチャーチ等にも、いずれ訪れたいと思っています。
参考(英語):
https://www.pacificcitizen.org/did-you-know-everything-about-ja-history-in-utah/
http://www.discovernikkei.org/en/journal/2008/2/27/enduring-communities/
https://www.uen.org/utah_history_encyclopedia/j/JAPANESE_IMMIGRANTS.shtml